ESD(Electro Static Discharge)って、そもそもナニ?

はじめに
「パチッ!」
冬の乾燥した日、ドアノブに触れた瞬間に指先に走る、あのイヤな痛み。 セーターを脱いだときに聞こえる「バチバチッ」という音。これらはすべて、「静電気」という現象が引き起こすものです。私たちの日常生活でよく経験しますよね。かく言う筆者も初めてアメリカに出張した際、疲れてホテルのベッド(毛布)にもぐりこんだところ、部屋中が明るくなるほどの静電気を経験しました。アメリカは空気が乾燥しているので静電気が発生しやすいということを後になって知りました。
でも、この「静電気」が、実は私たちの身の回りにある大切な電子機器にとっては、とんでもない「天敵」になることがあるんです。今回は、そんな電子機器の大敵である「ESD」について、一緒に探ってみましょう。
第1章:パチッ!の正体「静電気」
まずは、「静電気」って何?というところから。
電気には大きく分けて2種類あります。
- 流れる電気(動電気):コンセントから家電に流れる電気のように、常に動き続けている電気です。
- 溜まる電気(静電気):その名の通り、どこかに「静かに溜まっている」電気のことです。
この静電気は、物がこすれ合う「摩擦」によって発生することがほとんどです。例えば、
- プラスチックの下敷きで髪の毛をこすると、髪の毛が逆立つ。
- 絨毯の上を歩くと、体に電気が溜まる。
- 乾燥した空気が流れると、服や物に電気が溜まる。
このようにして、私たちの体や周りの物に、目には見えないけれど電気が「溜まって」いきます。
第2章:溜まった静電気が「放電」する「ESD」とは?
さて、溜まった電気はずっとそこにいるわけではありません。電気には、「高いところから低いところへ移動する」という性質があります。例えば、水は高い場所から低い場所へ流れますよね。電気も同じで、たくさん電気が溜まった場所(電位が高い場所)から、電気が少ない場所(電位が低い場所、あるいは電気を吸い込む場所=アース)へ、一気に流れ込もうとします。
この、「溜まっていた静電気が、一瞬で別の場所に流れ出す現象」のことを、専門用語で「ESD(Electro Static Discharge:静電気放電)」と呼ぶのです。ドアノブに触れた瞬間の「パチッ!」や、車のドアに触れたときの「バチッ!」も、これこそがESD!私たちの体に溜まった静電気が、金属のドアノブや車体を通して、一気に地面へと流れ出している証拠なんです。
第3章:なぜ「パチッ!」が電子機器の大敵なの?
人間にとっては「ちょっと痛い」で済む静電気。でも、これが電子機器にとっては大問題なんです。想像してみてください。私たちの体や、身の回りの物に溜まる静電気は、数千ボルト(V)から、ひどいときには数万ボルト(V)にも達することがあります。 家庭用のコンセントが100ボルトであることを考えると、ものすごく高電圧ですよね。
この高電圧が、小さな電子機器に一瞬で流れ込んだらどうなるでしょうか?電子機器の中には、髪の毛よりも細い配線や、顕微鏡でしか見えないような半導体部品がたくさん入っています。まるで、アリが暮らす街のようです。人間にとって「ちょっと痛い」程度の静電気が流れるのは、アリの街に、とんでもない勢いで巨大な雷が落ちるようなものです。アリの家々(部品)は一瞬で破壊され、街(機器)は動かなくなってしまいます。
そう、ESDは、目に見えない「電気の破壊光線」なんです。 しかも、困ったことに、静電気放電が起きても、すぐに故障しない場合もあります。後から「あれ、なんだか調子が悪いな…」という症状が出てくることもあり、原因が特定しにくい厄介な存在なのです。
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第4章:ESDはどこで、どうやって防ぐの?
このような理由から、電子機器、特にパソコンやスマートフォン、精密機械を製造する工場では、ESD対策は「絶対に必要」なものとされています。
- 作業員は特殊な服を着る:静電気を帯びにくい素材でできた作業着や、体に溜まった静電気を地面に逃がすためのリストストラップ(手首に巻くバンド)をつけます。
- 床や作業台も特別な素材:静電気を溜めないように、電気を通す(導電性のある)床や作業台が使われます。
- 湿度管理:空気が乾燥していると静電気が発生しやすいため、工場内の湿度を適切に保ちます。
- 専用の工具や梱包材:静電気を発生させにくい、または静電気を逃がす性質を持った工具や、製品を包む袋が使われます。
これらの対策は、すべて「静電気を溜めない、発生させない、そしてもし発生しても安全に地面に逃がす(アースする)」という考えに基づいています。
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第5章:私たちもできるESD対策
プロの現場ほど厳密でなくても、私たちが日常で電子機器を扱う際にも、ちょっとしたESD対策を意識すると、機器を長持ちさせることにつながります。
- 乾燥した日は特に注意:冬場など、空気が乾燥している日は静電気が発生しやすいので、特に気をつけましょう。
- 体に溜まった電気を逃がす:パソコンの組み立てや、基板に触れる際は、まず金属製のドアノブや水道管など、地面とつながっているものに触れて、自分の体の静電気を逃がしてから作業を始めると良いでしょう。
- カーペットの上では気を付ける:摩擦で静電気が溜まりやすいカーペットの上での作業は避け、フローリングなど電気を通しにくい場所で行うのがおすすめです。
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おわりに
いかがでしたでしょうか?
ESDは、目には見えないけれど、電子機器にとっては非常に強力な「敵」です。しかし、その正体と、なぜ危険なのかを知っていれば、適切な対策をとることができます。
普段何気なく使っているパソコンやスマートフォンも、このESD対策がしっかり行われた工場で生まれ、私たちの手元に届いています。静電気を「ちょっとイヤなもの」から「気を付けるべきもの」と認識することで、大切な電子機器をもっと丁寧に扱えるようになるはずです。